1. トップページ
  2. E-TALK

E-talk

2月から5月にかけての話(愛媛・松山編)

ご無沙汰になってしまいました。

前回の話からあっという間に3ヶ月近くが過ぎ、 皆さんからも「最近、更新してないね」と突っ込まれる始末です。
いけませんね。これから挽回していきます。

この3ヶ月間に行った場所、その土地で出会った人達について 話をしていきます。
神戸、愛媛の松山、沖縄、広島、横浜、北海道の帯広と…。
素晴らしい出会いがたくさんありました。

その第一弾は愛媛の松山に行った話しです。

2月の岐阜以降、広島や神戸を経て東京に一旦戻り、新宿でのイベントを終了と同時に 愛媛の松山市に
一人寂しく車で向かいました。

新宿を夜9時に出発し、東名高速をひた走りましたが、力尽き愛知県内で仮眠。
仮眠のつもりが爆睡してしまい、四国までノンストップで走りきりました。
名神、山陽道を通り瀬戸大橋を渡る際はテンションが上がりましたが、 渡り終わると松山まで130kmの表示を見て愕然。

結局、新宿を出て15時間かかり松山市に到着。四国に入ってからは音楽も聴く気に なれないくらい無心で運転し続けました。
900km…。本当に長かった。

速攻で道後温泉の坊ちゃん湯に行き、長旅の疲れを流してイベントの設営へ。
会場の松山三越で深夜零時まで準備をしその日を終えました。
1週間、持ち前の引きの良さで歓楽街を歩き回り、色んな店で多くの人と出会いました。

初日に入った老舗の中華屋さん「北山軒(ほくざんけん)」さんでは40年続けてこられた ご夫婦に出会い、
お母さんに色々な話を聞きました。
年齢を聞くととても見えない若々しいお母さんで、逆に元気をもらいました。
私の母親が「最近、体調が芳しくない」という話をすると、
「住所書きなさい。あなたが送ったことにして、おいしいみかんを送ってあげるから」とメモ帖を 差し出すのです。
恐縮しながら住所を書き、又の来店を伝え帰りました。

数日後、沖縄にいる際に私の母親から「松山からみかんが届いた」との連絡。
母親もえらく感動していました。本当に送ってくださったんだと、一緒にいた弊社F田も驚いていました。
母親がお礼の電話をした際には、「松山に来なさい。元気になるから」とおっしゃったそうです。
松山でお母さんができました。とても元気ででやさしい人でした。ありがとうございました。

その他にも色んな出会いがありました。

一見、普通の中華そば屋さんですが、入店すると阪神タイガースのグッズで埋め尽くされているお店、
「じゃじゃ丸」さんではご主人と永遠、阪神談義で盛り上がりました。

松山最後の日に行った和食のお店「晴れ家」さんでは、きびきびと指示を出すやり手のマスターとお話させてもらい、
自慢の店内を案内してくれました。
素晴らしい内装で料理もうまく、ここも必ず行きたいお店です。

道後温泉しか行ったことのない松山でしたが、素晴らしいお店で素晴らしい人達と出会い 気持ちいい松山の夜でした。

1週間のスケジュールを終え、再び15時間かけて東京に戻ったのは言うまでもありません。

次回は沖縄での素晴らしい出会いの話をします。

100507

M-1グランプリ2009の話

皆さん、昨日のM-1見ましたか?

私事ではありますが、お笑い好きの私としては触れずにはいられません。

笑い飯の「鳥人」は最高でした!
松本人志の「ウィキペディアで調べてみよう」の一言が騒ぎを巻き起こしてる らしいですが、
今朝の話題は当然「鳥人」でしょう。

審査員のオール巨人が「3回、4回見るともっと笑える」という話は本当でした。
振り返って見るごとに笑えたし、情景が浮かんでくるのも事実でした。
ネタの設定や確実に向上している技術を見るかぎり、優勝かな?と思いましたが、 これより面白いネタがあるのか?
というのも瞬間思いましたね。

案の定、ファイナルの2本目で失速し、実力者のパンクブーブーに獲られましたが、
笑い飯らしいM-1の最後だったと思います。本当に貢献しましたね。
長年の苦労を思うと感動しました。私の中では優勝でしたね。
いや〜しかし、2本なければ・・・。優勝させてあげたかったですね。

笑い飯のネタ・・・
2003年の「奈良県立歴史民族博物館」、そして今回の「鳥人」。
忘れることのできない大好きなネタです。

大好きな笑い飯が出ないM-1は非常に寂しいですが、 又、新しいコンビが出てくることを期待しましょう。

阪神タイガース、赤星選手が引退した話

驚きました。

私事ではありますが、阪神ファンの私としては触れずにはいられません。
「中心性脊髄損傷」・・・。聞いただけでも激しい動きはできないような病名ですよね。
爆弾を抱えながら必死のプレイを振り返ると頭が下がります。

赤星選手の印象といえば、何と言っても2003年のリーグ優勝を決めた9.15の甲子園です。
対広島戦で9回裏無死2塁で星野監督に激励され、ライトオーバーのサヨナラヒットを打った場面。
私はそれを運良く甲子園でライブで見ることができました。今でも鮮明に覚えています。
一緒に行った先輩のAさんと共に号泣し喜びました。

小さい体ながら当時阪神の監督だった野村監督に見込まれ、5年連続の盗塁王は 素晴らしい功績ですよね。
野村監督の足を生かしたチーム構想の第一人者と言えるでしょう。
野村監督の先見の目も凄いですけどね。

この話を聞いて最初に過ぎった言葉は「自己犠牲」という言葉でした。
チームの為、ファンの為に自らの身体を犠牲してプレイを続けたことは 責任感が相当強い人じゃないとできないでしょう。

同時に、現状ではハイレベルなプレイができない、その姿を見せることができないことで 引退を決意した判断も
素晴らしいと思いました。

我々も「自己犠牲」はあらゆる局面で遭遇します。
でも、「何かのため」それがあるから頑張れるんだとも思います。
そういう意味でも勇気をもらえた話でした。
赤星選手には、十分体を治療して将来の盗塁王を指導者として育成してほしいです。

以前、私の息子がプレゼントしてくれた赤星選手のキーホルダーが、 更に大事な物としてあり続けることになりました。

万年Bクラスだった阪神タイガースを強くしてくれてありがとうと言いたいですね。

幕張での現場、セミコンジャパンの話

091201

今日から12月ですね。この時期は毎年幕張にいます。
今年も半導体関連の展示会、セミコンジャパンが開催されます。

ここ数年、セミコンは弊社でも10社以上のお仕事をやってましたが、 今年は不況で全体でも3割から4割近く出展社数が激減しています。
幕張メッセの全館を使用してましたから、相当数の会社さんが出展を見送ったことに。
弊社も減りました。各社さんも苦戦されてるようですね。

時期的に1年の締めくくりで、セミコンが終わったら今年が終わるという 独特の雰囲気の中で行われますが、今年はなんだか寂しい気分ですね。
毎年、折りたたみ自転車を持ち込んで幕張メッセを端から端まで 走り回っていましたが、今回は自転車も無しです。

そんな中、10年近くレギュラーでいただいているK社さんは、 今年もやらせていただきました。
K社ブース担当者のOさんとは5年目になります。 いつも期待していただいています。
弊社としても毎回喜んでいただける 作品を心がけ、それをいつも受け入れていただいているので本当にありがたいです。
デザイナーのAさんも「質は落とせない」と毎年いいプランを考えてくれています。

Oさんに言っていただいた、「あなたが担当を外れる時が御社とお付き合いをやめる時です」と…。
ありがたいお言葉をいただき、この仕事をやってきて本当によかったと思う瞬間でした。
これからもご期待に沿えるよう努力したいと思います。

さて、不況ではありますが、新しいチャレンジをしながら前進して参ります。
弊社スタッフも1月以降に向けて頑張ってくれています。
しかし、来年は自転車で会場内を回りたいですね。

page top