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2012年、ロケットスタートした話

またまた、ご無沙汰してしまいました。 2012年、皆さんはどんな年始をお過ごしでしょうか。

年末は仙台、大阪、神戸と過酷で楽しいロードを終え、2012年に突入。
年始から東京ドーム、インテックス大阪と大規模なイベントに参加し、 今週から札幌雪祭りの準備中です。

2月、3月は弊社運営のフードコートが連続。「東京マラソンEXPO」や来月の 「JAPANドラッグストアショー」と気の抜けない日々が続きます。 おかげさまで、出店業者さんもほぼ確定しました。※詳しくはTopページから

そういう意味で弊社は2012年、ロケットスタートを切りました。

ある仕事仲間の社長さんから1月2日からの仕事をいただいたんですが、 「弊社は年末年始は休みます」と言って断りました。
その社長さんは「それでいいんだ」みたいなことを言ってましたが、 周囲には「イー・ストリームは年末年始は働かない会社だから」と 言い回ってる始末。
本来ならお世話になってるので行かなくてはならない 仕事なんですが・・・。

でも、いいんです。
弊社のメリハリです。労働時間で言えば、私はともかく、弊社スタッフは 年間を通じて不規則な時間の中、十分働いてくれています。
もちろん、売上を考えると頑張らなければなりませんが、休むことも いい仕事をするには大事なことだと思います。
頭をリフレッシュしないといいアイデアも浮かびませんしね。

案の定、休みなしでのロケットスタート。
もう、すでに夏の案件も入ってきています。

今年も1年、アッという間なんでしょうね。
本年も宜しくお願い申し上げます。

プロ野球 日本シリーズの話

師走ですね。

今年は東日本大震災が3月に発生して、長く感じた時期と早く過ぎた感じが 入り混じった、そんな年でした。

少し前の話ですが、プロ野球の日本シリーズ、福岡ソフトバンクホークスが中日ドラゴンズを 破り、めでたく日本一になりました。福岡は盛り上がったことでしょう。

私としては、ファンチームの出場に関わらず、プロ野球ファンとして日本シリーズは 欠かさず見るようにしています。
子供の頃から好きだった日本シリーズ。 両リーグのシーズン優勝チームが激突し、ハイレベルでの戦いが魅力ですよね。

近年、クライマックスシリーズというシステムが生まれ、シーズン3位のチームが 日本一になったり、
リーグ優勝したチームが日本シリーズに出場できなかったりと、 個人的にはおかしなシステムだなと思うわけですが、
興行的にはいいのでしょう。

今年は、両リーグの首位チームが揃って日本シリーズに進むという、まさに 本来のシリーズになりましたよね。
これを待っていたんです。

打撃のソフトバンクと投手力、守備力の中日。下馬評ではソフトバンクリードで 始まりましたが、なんと中日が敵地で2連勝、名古屋に移ってアウェイのソフトバンクが 3連勝、福岡で中日が3勝3敗に持ち込み、第7戦にもつれ込むという、面白い展開に なりましたね。

阪神タイガースや広島カープをファンとする私としては、巨人と同等で中日という チームは好まないのがこれまででした。
しかし、試合巧者というか、投手力を 中心とした守りのチームカラーは健在で、ディフェンスを固めて、少ないチャンスをものにするというスタイルは、観戦していてしびれるものがありました。
自然に中日を応援している自分・・・日本シリーズの醍醐味がそうさせたのかもしれません。

日本シリーズで語り継がれている「江夏の21球」。テレビ観戦では計り知れない 人間模様があるんでしょうね。
振り返った後のエピソードを知ると、様々なドラマが あるんだなと思い知らされます。
同時に紐解いていくと「野球」というスポーツは 本当に奥深いということが再認識されます。

積み重ねてきたものを、数日間の舞台にぶつける日本シリーズ・・・。
我々も共感しながら、刺激を受けながら取り組まなければと思います。

しかしながら、クライマックスシリーズは必要なんでしょうかねぇ。
日本シリーズという積み重ねてきたステイタスを崩してほしくないですね。

移動距離の話

只今、長期ロード中の終盤に差し掛かっています。
よく、プロ野球選手やサッカー選手が試合会場を移動した際の 「移動距離」が新聞に記載されてることがありますよね。

「食」のイベント業務をやるようになって移動距離は半端なく増えました。
その中でも、この2週間はめまぐるしい短期間での「移動距離」でした。
その詳細を「何故か?」話したいと思います。自慢にもならないですが。

10月21日からロードが始まりました。羅列しますと・・・

21日〜23日東京⇒長野(松本)⇒東京(往復距離500km/移動手段・車)

25日〜30日東京(ビッグサイト)⇒広島 ⇒東京(ビッグサイト/往復距離1800km/移動手段・新幹線)

31日〜3日東京⇒佐賀(往復距離2500km/移動手段・飛行機)

3日〜6日佐賀⇒東京(幕張メッセ/往復距離1800km/移動手段・車) 幕張メッセ⇒代々木公園(2往復距離120km)

7日〜9日東京⇒神戸(往復距離1100km・移動手段・車)

2週間で約8000kmですか・・・。もう少しで1万kmだったのにおしい。
でも、移動ってあんまり苦じゃないんですよね。むしろ好きですね。

残り、1100km、これから神戸にひとっ走り行ってきます。 無事戻ってくればロードが完結します。

しかし、これはあくまで狭い日本国内での「移動距離」ですが・・・。

■先日開催された日本経済新聞社様主催「住まいのリフォーム博」内  フードコートの開催レポートは
戻ってきてからお話します。

今年、知り合ったオヤジさんの話

この人の話・・・自分なりに話してみたいと思いまして。

おもしろい人なんです。

「なんだこのオヤジは?」というのが正直な印象でした。 ほんと、腹立つオヤジでした。けんかもしました。
でも、無理やり?和解しました。頭も無理やり?下げました。 正直、悔しかった。でも、少し反省もしたりして。
後々、根にもつことも一切なく。

けんかした次に会った時。

お互い?私だけ?けん制するというか、変に気を 使い合うというか・・・。なんだかお互い和やかに。

その次に会った時。

最初は言葉少なく、日に日に会話が増え、ある日には 少しずつ腹を割り合うような話をしたり。

ある日には本音を話してくれたり、家族のことを真剣に 話してくれたり。現実の話や夢の話や・・・
言葉は少ないけど、気持ちが伝わってきたり。

最後は感謝してくれたり。

出会いってわかんないもんですよね。 雨降って地固まったんですかね。

他の人はどう思おうとこのオヤジさん、 今では私にとってはおもしろくて、いい人なんです。

こういう出会い、なかなかいいと思うんですけどね。

まぁ、一方的に私が思っているだけの話ですが・・・。

弊社企画フードコート「シーテックジャパン」開催終了の話

10月4日から8日にかけて幕張メッセで開催された「CEATEC JAPAN2011」で 弊社企画のフードコート
「ご当地グルメフードコート」が無事終了しました。

幕張メッセの1ホール奥と8ホール奥の2ヶ所での設置、わたくしの往復回数は数え切れません。
何度も来ているが改めてメッセはでかい・・・そんなことはさて置き、 多数のご来場をいただきありがとうございました。
最終日の土曜日は一般無料公開ともあって、ファミリーの方々にも 喜んでいただいていたように思います。

主催者の担当者様にも多くのご配慮をいただきました。
最終日、撤去が終わり終了報告に伺った際にいただいた言葉・・・
「感謝しています。引き続きお願いしますね」と言われた時、 決定してから準備期間ピークの1ヶ月間、
全ての荷が降りてホッとした瞬間でした。
十数年、経験していてもこの瞬間は本当に嬉しいものです。

出店業者の皆さん、施工に関する業者さん、アルバイトの皆さん、 弊社スタッフのみんなに感謝、感謝です。

次は10月28日からの日本経済新聞様主催「日経住まいとリフォーム博」での 「ご当地グルメ広場」です。
「楽しいスペースにしてほしい」と主催者様の期待に応えられるよう頑張ります。

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震災後から東京ゲームショウ参加までの話

東日本大震災から半年。弊社やわたくしも色んな出来事がありました。
別にサボっていたわけではないですが、震災後しばらくは正直書く気にもなれず、 日々、目の前のハードルを越えていくしか無い程の状況が続きましたね。

3月から4月の前半にかけてはイベントや展示会の中止が相次ぎました。
しかし、震災後初の展示会が4月の中旬から始まり、余震が続く中、弊社スタッフも 必死に乗り越えて
「今」を迎えられています。

震災後から今日まで、様々な出来事がありました。
余震が続く中での現場作業、被災地での復興イベント「東北六魂祭」への参加、 各地で開催された夏フェス(野外ライブ)への参加、そして、今回の話のタイトル、 「東京ゲームショウ」への参加・・・と。
ゲームショウではかなりのお客様に お越しいただき感謝しております!スタッフも本当に頑張ってくれました。

7月に仙台で開催された「東北六魂祭」では震災後、東北で初のイベントともあって、 東北6県は勿論、全国から集まったお客さんで仙台市内はパニックになりました。
今までに感じたことの無い、猛烈な暑さに増しての「熱気」を感じましたね。

開催終了後には仙台市から30分ほど走ったところにある名取市に行きました。
これは、わたくしとスタッフのみんなの気持ちが一致して、 東京に戻る前に被災地を見ておきたいとの一心で向かいました。 決して冷やかしではなく。

現地に着いた私達の前広がった風景は想像をはるかに超えるものでした。
言葉も無く、「頑張ろう」とか「一人じゃない」という言葉すら 薄っぺらい言葉だなと思わせる・・・理解できない光景でした。

弊社もオフィス内に打撃を受けましたが、「大変だぁ」と愚痴を言って いたのが恥ずかしい思いになりましたね。
でも、大袈裟かもしれませんが、 生きていく中で現地を見たという経験は役に立てていかなくてはいけない、 決して冷やかしではなく、見ておいてよかったいう気持ちで帰りました。

話を戻しますと・・・
震災後、弊社でも業務内容にも変化があり、弊社企画のフードコート事業が スタートしました。
各展示会に於けるフードコート設置のご提案・・・。
主催者様からの企画内容をにご好評をいただき年内までご依頼をいただいております。
又、来年に向けて多数のお問い合わせもいたでいており、ありがたいお話です。

詳しくはHPでご覧ください。
来場者、主催者、出店業者さん等、皆さんに 喜んでいただける空間を提供できますよう、社員一同頑張ってまいります!
「E-TALK」もサボらないように・・・。

様々な出来事がありましたが、皆さんに支えられながら 邁進していきます。

東日本大地震の話

大変な事態になりました。

まずは、東日本大震災で犠牲になられた方々とご遺族に、深くお悔やみを申し上げます。
また、被害に遭われた皆様にもお見舞い申し上げます。

私と弊社F田はイベントでナゴヤドームにいました。ナゴヤドーム内も強い揺れに見舞われ、
東海地震がきたのかと一時騒然となりました。その後、情報が入り東北で強い地震があったとのこと。
携帯のワンセグで確認すると、飛び込んできた映像がお台場の建物から煙が上がっている映像でした。

これは東京も大変な被害が出ていると思い、各所に電話をするも不通。
その後、会場内でも情報が飛び交いイベントどころではなくなりました。

弊社スタッフの無事を確認。ちょうど休暇をとっていたので会社内は無人の状態でした。
14日、月曜日の夜に名古屋を出発。東名高速を一路東京へ。現実がつかめないまま、
とにかく事務所の状況を確認することに。
途中、遠方からのレスキューの車輌や 自衛隊の車輌が列を作り東へ移動する光景を見ると、
ますます事の大きさを感じました。

東名高速から首都高3号渋谷線を進むに連れて、ネオンが消え暗黒の都内を目の当たりにし、
改めて恐怖感に襲われました。

弊社のある四谷に到着したのは深夜3時。
弊社に1階にあるコンビニの店員さんに揺れの 状況を聞くと「たいしたことなかったですよ」との回答。
弊社F田と「そんなに被害は 無いんじゃないか」と話ながら弊社のある9階へと上がっていきました。

ドアを開けるとそこには悲惨な光景が。棚からは全ての書籍、資料ファイル等が一面に落下。
デスクのもの、パソコンのモニター、上部に置いてあった箱類などあらゆるものが落下していました。
もしかしたら、泥棒が5,6人入ったのか?というくらい「ぐちゃぐちゃ」でした。

これが高層階の揺れか。
途方に暮れ言葉も出ませんでした。しかし、怪我人がなくてよかった。これしか無いですね。
低層と高層の違いはその後、明らかになり、ほとんど落下物がなかった1階と全てが落ちた 高層階と歴然の差を思い知らされました。

でも、東北で被災した方々に比べれば比じゃないですよね。 本当にお悔やみ申し上げます。

弊社も至急の復旧作業を追え、スタッフ一同、元気に業務を遂行しております。
原発の問題、停電、余震も続く不安の中、この話題は今後も話していきたいと思います。

祝!サッカー日本代表 アジア杯優勝の話

やりました!

サッカー日本代表がアジアの頂点に立ちましたね。
カタール戦、韓国戦に続く息が詰まるような試合でした。

私と弊社F田は出張先のホテルで観戦しました。
当初はホテルの部屋の小さいテレビで観戦を予定してましたが、 ホテルの大浴場にある大型テレビを見つけ、
どうせなら大きい画面で 見たいと思い、ホテルに交渉したところ24時間開放OKの承諾を 得ることができ、
なんと生ビールのサーバー付きのナイスな環境で 見ることができました。

宿泊客もぞろぞろと集まり、李選手の美しいボレーシュートの瞬間には その場にいた全員で抱き合いました。
W杯以来の盛り上がりでしたね。

W杯のときも「チームワーク」とか「一丸」という言葉がでていましたが、 ザックジャパンは更にいいチームに思えますよね。
報道でもありますが、ザック監督が控え選手への気配りを徹底して やったこと、その控え選手が出場し活躍するといった、
まさに コミュニケーションがうまくいってる結果だと思います。

これは岡田ジャパンの進化ではなく、ザックが生み出す新しい ザックジャパンだと思いますね。本当に楽しみなチームです。

番外ですが、李忠成選手が時の人になりましたよね。私も見たい選手で よく「李を出せ」とテレビの前で叫んでたんです。
その李選手が所属する サンフレッチェ広島。我が故郷のチームです。Jリーグで唯一応援してる チームでもあります。
さぞかし広島は盛り上がってるだろうと広島に住む 親友のSに連絡したところ、逆にがっかりしているのです。
なんでかと聞くと 「これで海外に移籍じゃ。また広島からいい選手がいなくなる」と。

確かにSの言うとおりだと思いました。
野球ではカープの江藤、金本、新井選手とチームの柱が広島を去り、 サッカーでは高木、柏木、槙野選手らが去る。
次は李選手…。マエケンも…。 なかなかスター選手が根付かないのが広島の現状です。

そう思うと山本浩二、衣笠というコンビは生涯広島でしたね。 それ以来かぁ…。

とにかく日本代表から目が離せませんね。
優勝おめでとう!

新年明けましたの話

2011年、明けましておめでとうございます。 本年も宜しくお願い申し上げます。

新年、明けましたね。 皆さん、いかがお過ごしでしょうか。 今年は兎年ということで、何かにつけて跳ねたいですよね。

しかし、日本列島は雪で大変ですね。
年末年始にかけて一級の寒波に襲われ、昨年の猛暑がうそのように 寒い日が続いていますよね。
私の故郷、広島でも連日雪でした。

西日本でも積雪がある中、東京は積もらないですよね。
今回の寒波は北極から変形で雲が流れているらしく、 ちょうど東京を避けるように流れていて、
雪にならないと 報道で聞きました。

逆に九州や四国、中国地方のほうが積雪が多いという現象に、 「西は暖かい」という概念を覆させる天気に驚きです。
そのうち、ウィンタービジネスとして九州にスキー場ができたりして。
阿蘇山あたりでスキーして温泉に入るのも近い将来実現するかも しれませんね。

ちなみに日本列島の一番西にあるスキー場はわが故郷の広島県です。
知ってました?「広島も雪が降るの?」と聞かれますけど、 県北は結構降りますよ。

子供の頃、家族で正月に大阪の親戚宅に車で行った帰りに、とんでもない 吹雪に襲われたことがありました。

今では高速道路も整備され、海側に近い山陽自動車道がありますが、 当時は山間部を走る中国自動車道しかない
時代でした。

岡山県を抜けてすぐにある広島県東城町にさしかかった時でした。
トンネルを抜けるといきなりの銀世界と吹雪。視界がほとんど無い 状態でした。
運転する父親が助手席の私に「左側のガードレールを 見ておいてくれ」というくらい前が見えず、しかも運悪く先頭を走る状況になり、次のインターチェンジまで何キロあるのかも わからない、まさに恐怖のドライブでしたね。

後部座席に座っていた母親と妹は悲鳴の連続。父親も怖かったでしょう。
そのうちパトカーが来て先導してくれ、次のインターチェンジで降りました。
当然、高速道路は通行止め。降りた私達は途方に暮れ、一般道を長時間走り、 広島市内にある自宅まで無事辿り着くことができました。

高速道路の通行料が安くなり、走行範囲も拡大している中、雪に縁がない ドライバーは雪に対しての意識が低いですよね。
どこへ行くにしても これだけ広範囲に雪が降れば、この時期はどこへ行くにしても 準備が必要ということですね。

しかし2010年は「暑」でしたが、2011の始まりは「寒」ですね。
本年も弊社を宜しくお願い申し上げます。

アメリカ・ボストンにいる友人の話

長野・ビックハットより帰ってきました。明日は金沢に向けて走ります。
その話は後日するとして…

今回の話は、アメリカのボストンに住んでいる友人の話をしましょう。
友人と勝手に言わせてもらってますが、実は以前、展示会のブース施工の仕事で 大変お世話になった
お客さんの女性担当者のYさんと上司のOさんです。

3年前になりますが、半導体の展示会「SEMICOM JAPAN」でご依頼をいただき、 時間がタイトな中、
Yさんと夜を徹して準備して立ち上げた作品でした。
初めていただいた会社さんで私も慣れない中、でも必死で頑張るYさんに なんとか答えなければという一心で
取り組んだ仕事でした。

頑張るYさんですが、やり取りの中には面白い面もあって、Yさんとしては無理を 私に要求してるつもりでも、
Yさんの言い方?頼み方が面白いというか かわいさがあるというか、同じ無理を聞くのでもなんとか実現させようと
私を思わせるところがあって、楽しくやらせてもらったのを今でも覚えています。
かなりのプレッシャーもあったことでしょう。

その後、Yさんの上司であるOさんがコンペ無しのご指名で別の展示会でのブースを やらせていただくことに。
Yさんが弊社をPushしてくれました。
Oさんと打ち合わせを重ねていくに連れて、仕事に妥協しない姿勢や 知識の豊富さを感じながら、
Yさんに対してと同様にOさんにも答えなければと 必死で取り組んだことを鮮明に覚えています。
本当に勉強させてもらいました。

「とにかくいいブースにしてほしい。社内の調整はするから」と
心強い言葉に 信頼を持ち、Oさんに納得していただくよう頑張りました。

それ以来、お二人と食事に行く中で楽しくお付き合いさせていただく中での ある日、Yさんから「報告がある」と。
上司のOさんと結婚するとのことでした。 私にとって素晴らしい大切な二人が結婚するとは感動ものでしたね。

その後、お二人は旦那さんであるOさんの仕事でボストンに行かれ、 女の子を出産されて今でもメールをくれています。
出国間際の奥さんは、異国での出産に不安そうでしたが無事に出産されました。
あれから3年近くですか。たくましくなられたことでしょうね。尊敬します。

この話をしようと思ったのは、先日、久々にメールをいただき嬉しくて しょうがなかったからです。

仕事を通じてお付き合いした担当者さんが夫婦になり、遠いアメリカにいても 私のことを今でも覚えてくれているお二人は、
私にとって大切な友人です。
この仕事をしていて本当によかったと思う瞬間ですね。

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